読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愛してくれてマジ感謝

フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

初期の読書体験ってとても貴重なものだと思う

ネタ

 増田記事を読んだ。
 小説をスラスラ読むにはどうしたらいいのか 小説をスラスラ読むにはどうしたらいいのか



 ぼくも最初のころは小説読めなかったなあ。小学生のころ青い鳥文庫買ってみたりしたけど、何が書いてあるかよくわからなくて結局漫画読んでたっけ。本読むとしたらだいたいブルーバックスだった。小学生のころ小説で読んだといえば、たしか『天外魔境ZERO』の小説。ゲームにはまっていたせいか、あれはすらすら読めたっけ。数時間で一気に読んだと思う。小説を一冊読めたってことが感動だったっけ。でも読書習慣には結びつかなかった。あくまでゲームのついでっていう感じだったので。
 たしかに小中高と国語はすごい苦手だったけど、でも偏差値60以上はあった。英語と数学と理科が得意だったからそれに比べると劣るけど、べつに周りと比べるとすごいできないってわけでもなかったことになる。それでもやっぱり小説はなかなか読めなかったなあ。なんでなんだろうね。
 高校のころ1ヶ月に1冊読書課題が出されてたんだけど、ほんとにつらかったな。毎朝満員電車で読んでた。日本の純文学くそつまらねーって思ってたね。そのころ読んで面白いと思ったのは大岡昇平だけだ。なんで日本の国語教師はつまらん本ばかり読ませようとするのか。
 高校のころは参考書マニアでね……、それと毎月The Economistを読んでる超意識高い高校生だったよw でもやっぱり小説は読めなかったな。洋書になるとますます読めない。小説は慣れないと難しいのかもなあ。
 ぼくが自分で小説読み始めたのは大学入ってからだ。何読んだらいいかわからなくて、とりあえず新潮文庫に入ってる海外文学を中心に読み始めた。
 最初に出会ったのがアンドレ・ジッドだった。今評価するかっていったら微妙だけど、なんていうか、ぼくにも読めたっていう喜びがあった。『狭き門』と『田園交響楽』ね。萌え小説だと思って読んだ。それからカミュとかヘミングウェイとかスタンダールとか。
 そのうち大学1年の正月休みに運命の出会いがあった。フォークナーの『八月の光』だ。それまでは文学部に入ったし、文学を読んでみようとなんとなく読んでただけだったけど、『八月の光』を読んで「これが文学というものか!」とひどく感動したものだ。それまで読んできたどの小説ともちがって、なんだかとても説得力があった。ことばに力があった。ちょっと震えたね。

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)

 まあそこで文学すげえと思ったのはいいけれど、それからしばらく引きこもってゲームしててねw 「虎牙破斬!」とか言いながら。いや、漢和辞典は趣味でよく読んでたけどさ。
 でそのうち『啓蒙の弁証法』読んでて『オデュッセイア』の話が出てきたときに、ああ、いままで自分はなにやってたんだろうって深く反省してね、それからいろいろ読むようになった。
 何書こうとしてるのかよくわからないけど、とにかくそれからは発見と感動の連続だったな。自分の意思で読み始めた最初の100冊は自分にとっての運命の100冊だと思う。何読んでも楽しいんじゃないかな。初期のころの読書体験って忘れられない感動だよね。あの感動をもう一度って思うけど、二度とそんな思いはできないんだ。
 最初は小説読むのはなかなか難しいと思う。何が書いてあるかよくわからないから。でも結局慣れるしかないんじゃないかな。自分にとっての運命の一冊が来るまでなんとか耐えてほしい。いったん面白いと思えたら、それまで苦痛だと思いながら読んでいた文章もきっと輝きだす。
 あと自分で書いてみるのもいいかもしれない。書くといろんなことがわかるからね。それから好きな洋書を翻訳したりするのも楽しいと思う。