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フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

美人すぎる声優、佳村はるかさんの魅力〜昭和性という反時代性について〜

ネタ 声優

 ぼくは佳村はるかさんが好きです。ぼくのなかで結婚したい女性NO.1です。めっちゃ性格良さそうじゃないですか。基本真面目なのに、ちょっと残念なところも好きです。ぼくじゃ幸せにしてあげられないので、いい人とめぐり合ってほしいなと思います。野菜ソムリエとかがいいと思います。
 ぼくは佳村はるかさんの声の魅力って、現代の洗練された萌え声とは違う「古臭さ」にあると思っています。「古臭さ」なんていうとちょっとネガティブな感じがするので、それをぼくは「昭和性」と呼びたいと思います。佳村はるかさん自身も昭和アピールしているので、ぼくは今回昭和オシでいきたいと思います。




 まずぼくが「昭和性」ということで言おうとしていることはなにも昭和についてだけ当てはまるものではないということです。江戸時代にも昭和性はあったし、弥生時代にも昭和性はあったとぼくは主張したいのです。
 では昭和性とはなにかですが、ぼくはこれを普遍的な郷愁らしきものと捉えています。おそらく人間が言語を獲得する以前から人間は昭和性というものを意識していたと思います。それは自分のルーツを探るものだと思うのです。それは必然的に神話へと向かっていきます。佳村はるかさんの声には神々の響きがあります。それは一者の純粋性ではなく、神々の対話の濁りです。世界が動き始めたときの歓喜、神々のダンス。そういったものを魂に刻み込まれているのです、われわれ人間は。そして佳村はるかさんの声はそうした原初の記憶を想起させる能力を持つのです。
 ぼくは佳村はるかさんの声を聞くと、まるで宇宙の誕生に立ち会っているかのような錯覚に陥ります。世界はそのときから濁りはじめています。佳村はるかさんの声の濁りは、ネガティブな意味での粗野とは違った、ある子供じみた遊戯、歓喜に満たされたブロック遊びのようなものなのです。昭和性の無邪気さ、それはある意図を持つものではありません、意図以前の、思惑や思想などからは隔たった、その手前にあるもっとも強力でもっとも喜びに満ちたものなのです。
 だれもが昭和性に対する共感能力を持って生まれてきます。それは世界のルーツであり、世界の歴史のすべてを包括するものでもあります。佳村はるかさんの声の向こうで、過去のすべての人間たちの生と死が、喜びと悲しみが浮かび上がってきます。ぼくらは佳村はるかさんの声の昭和性によって昭和という一時代を体験するのではありません。それはなんらかの特定の具体的な時代性からは隔絶した、時代性の拠り所のようなもの、時の番人のようなものなのです。昭和性は特定の時代性に先立ち、すべての時代、すべての地域、すべての文化に及びます。ぼくは佳村はるかさんとはなんだか昔馴染みのような気がしています。彼女の卓抜したコミュ能力もあって、ぼくらは彼女に親しみを覚えますが、それを支えているのはやはりあの声でしょう。
 佳村はるかさんの声はだれにとっても懐かしいのです。自分が母親の胎内で生まれる時を待って眠っているような、そんな安堵感。美人すぎるのに他人を緊張させるどころかなぜかほっとさせてしまう、佳村はるかさんの魅力とはそういうところではないでしょうか。