読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愛してくれてマジ感謝

フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

ビスケットさんが死んでも悲しくないことが悲しい『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』22話まで見た感想

アニメ ネタ 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ゴッドイーター

 ちょっと思うことがあったので今日はアニメの感想をテキトーに書いてみます。

 ビスケットさんがお亡くなりになりました。雑な死亡フラグを作ってあっさり死んでしまって、プププって感じでしかなかったわけですが、まあそういう演出面の稚拙さを考えないとしても、ぼくはビスケットさんが亡くなっても全然悲しくありませんでした。
 ぼくはBS11の放送も含めて1話からたぶん全話このアニメ見てきたのでビスケットさんのことはそれなりに長く見てきたわけですが、それでもなんの愛着もなかったということに驚くと同時にとても悲しんでいます。なぜこういうことを思ったのかというと、ちょうど昨日見た『ゴッドイーター』の10話で、それまでまったく出てきていなかった主人公の姉(空木イロハCV:加隈亜衣さん。愛してる。結婚したい)がさくっと出てきてさくっと死んだことにものすごい衝撃を受けて深くダメージを負ってしまったからです。それまで出てこなかったキャラが1話だけ出てきてさくっと死んでものすごく悲しいのに、ビスケットさんは22話まで付き合ったというのにまったく悲しくなかった。これはなんでだろうと思ったわけです。




 いろいろ考えましたが、結論は一つしかありませんでした。優しい美少女が死んだら悲しくて、ブサイクなデブが死んでも悲しくないってことです。
 空木イロハはものすごく優しいお姉ちゃんなのです。たった20分ちょっとの時間でしたが、それはもう嫌ってほど描写されていました。絶望的な状況のなかでも希望を失わずに生きる優しくて強いとても魅力的な女性として描かれていました。たったこれだけの時間で空木イロハという存在をテンプレ以上の説得力あるものとして描写した演出力はすごかったです。もちろん加隈亜衣さんの圧倒的な演技があってのことではありますが。って、そういえば加隈亜衣さんはオルフェンズにも出てますな(あの幼女が死んだらやっぱり悲しいかもしれないw)。
 一方ビスケットさんは22話やってきて、結局どういうキャラなのかよくわからなかったんですよね。ただのデブって感じで、デブでしかなかった。スナック菓子食い過ぎたのか。
 イロハは最後の瞬間自害し、そのあとアラガミにむしゃむしゃ食われます。自害したのもレンカに自分を諦めさせるためです。あそこで自害していなかったらレンカは最後の瞬間まで付き添うことになって一緒にアラガミに食われることになったでしょう。イロハはすごい人です。そしてあの家族がすごかった。母もレンカを生かすことを選んで病気で死に(薬が二人分なかった)、父も自分を置いていけといってアラガミに食べられてしまった。イロハはレンカとは血が繋がっていません。それでも血の繋がった家族よりも血の繋がっていない弟を生かすことを選んだ。これはものすごい精神力が必要なことですよ。父のときは見殺しにするのも状況的に仕方ないかもしれませんが(助けようがなかった)、母のときは母に薬をやっていれば母は助かりレンカは死んだんです。でもそういう決断はできなかった。もちろんレンカがゴッドイーターの適正があると判明したからっていう流れはあったんですが、それは結局家族みんながレンカを生かす選択をしても苦しまないための都合のいい理由でしかなかった。あの人たちはレンカにゴッドイーターの適正がなかったとしてもレンカを選んだんじゃないかな。でも結局母自身もそれから父もイロハもレンカが生き残ることを選んだ。ふたつにひとつしか選べないときもある。
 イロハは最後の瞬間、消えていく意識のなかでレンカを弟ではなく一人の男性として愛していたということに気づきます。それはなにも軽い恋愛感情とかではなくて、それこそ家族愛という意味でのものですが、同時にそれ以上のものでもあります。一人の人間が一人の人間を信じる愛しきるということです。レンカはイロハから馴染みの服とコンパスを受け継ぎます。命が次へとたくされていく。
 一方ビスケットさんは何をやったのか。よくわからない。ただのデブだった。死んだ場面もなんであそこにいたのかよくわからないし、やっぱりただのデブです。
 でもぼくは思うんです。ブサイクなデブだから悲しくないってのはよくないんじゃないかって。ブサイクなデブも一人の人間には違いないし、やっぱり死んだら悲しんだほうがいいんじゃないかと思うんです。でもやっぱりぼくは空木イロハのほうが人間として価値ある存在だと思ってしまうんですよね。そこが悲しい。結局ブサイクに人権はないのかと。
 ぼくは178cmの65kgなのでデブではないが、ブサイクではあります。そういう意味でビスケットさんには同情します。と同時に、ある種の自己否定みたいなものも感じてむなしくなってしまいます。ああぼくは誰からも愛されないんだ。ビスケットさんがただの童貞デブであったように。死んでも誰からも悲しまれず、プププって笑われるだけなんだ。悲しい。悲しすぎるよ!
 ぼくは空木イロハになりたい。あんな聖女になりたい。泥の中に捨てられた赤ん坊のレンカを見て、それが蓮の花に見えたなんてなかなか言えないよ。人が人を選ぶなんてできないが父の教えだった。神に祈らないでが母の教えだった。イロハは人を区別しない優しい子に育ち、神に祈らない強いリアリストでもあった。果断で慈悲深い、それが空木イロハなんじゃないかな。たった20分ちょっとなのに空木イロハという人物の魅力がばしばし伝わってきた。素晴らしい人だ。
 それに比べてビスケットさんはただのデブでしかなかった。22話やってきてただのデブでしかなかった。デブ以外の描写がなかった。最後の最後までポテチ食べ過ぎたただのデブでしかなかった。せめてかりんとうにしとけよ……。たしかにデブは自己管理できないメンヘラなのでぼくも同じ精神障害者としてあまり強く言ってやりたくはないが、やっぱり健康のためにも痩せるべきだったよ。ビスケットさんが1話ごとにやせていって、死んだ21話ではスマートなイケメンになっていたならぼくももうちょっと悲しんでいただろうと思う。でもビスケットさんはただのデブのまま死んでしまった。二度と痩せることはない。これは重い言葉だ。ただしギャグみたいでもある。
 イロハは最後自分が望んだ植物に溢れた世界にいる。蓮の花が咲いた川を渡ってレンカに会いに行く。死が愛に昇華する瞬間だ。死の向こうに愛がある。これは時空を超えた愛ということだ。存在の次元に縛られない永遠の愛。神々しいまでの純粋さ。絶望的な世界の中でイロハのような奇跡の聖女が生まれる。アラガミは人間の傲慢によって生まれた。人類絶滅の危機に瀕して人間は失っていた精神の高潔さに立ち戻ったんだ。
 ビスケットさんが残したのは帽子だけど、あれは頭脳を象徴する。でもかれが作戦上なにか役に立っているという描写は大してなかったし、説得力がない。説明台詞とそういう設定があるというだけ。まったく響いてこない。ビスケットさんはスタッフからも愛されていなかった。かわいそうだ。やっぱりブサイクは誰からも愛されない。ブサイクのぼくですらブサイクはいらないと思ってしまう。




 もっと他に演出方法はなかったのかな。ビスケットさんが死んでもまったく悲しくないし、悲しくないということだけが悲しいんだ。あまりにもキャラクターがかわいそうだ。ビスケットさんは犠牲になってしまいました。感動のために犠牲になったのに、滑ってしまいました。これでは犬死にだ。そんなこと許されない。




 ビスケットさんが死んで悲しい理由を考えてみる。二人の妹がかわいそうという視点はあると思います。でもそれは妹がかわいそうなのであって、ビスケットさんがかわいそうということではないです。ぶっちゃけぼくはビスケットさんより妹たちのほうが好きです。ビスケットさんはシスコンですよね。一方空木イロハはブラコンでもあります。でも優しいお姉ちゃんと変態お兄ちゃん(デブ)じゃ全然価値が違うわけです。




 ビスケットさんはデブだけど実はいい人だったのかもしれません。なんでビスケットさんだけが太っているのか、ぼくにはビスケットさんが周りの人間を脅してスナック菓子を強奪している以外に皆目見当もつきませんでしたが、でももしかしたらほんとはいい人だったのかもしれません。デブに悪い人はいないと世間の人は思っていたりします。デブでも好感度の高い芸能人もいますしね。ビスケットさんはスナック菓子にマヨネーズつけて食いながらまいうーとか言う人だったのかもしれないな。マヨラーに悪い人はいない。ただちょっと味覚がおかしいだけだ。実はビスケットさんは味覚障害だった。なるほど、これならいけるかもしれない。味覚障害のデブが死んだ。ちょっと悲しくなった気もしますが、なんかむしろ愚かさも増幅されているような気もします。




 ああだめだ。全然悲しくならない。ぼくはビスケットさんが死んだことを悲しみたいんだ。22話も一緒に過ごしてきたのに、どうしてなんだよ。どうして悲しくないんだ。こんなのおかしいだろ。




 ゴッドイーターのBD買うかも。