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フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

藤こよみ『買い食いハラペコラ』1巻

 藤こよみ『買い食いハラペコラ』1巻の感想です。





 文教堂で買ったのでこんなのついてた。





 女子高生が放課後に買い食いする漫画ですが、かなり衝撃を受けました。というのもほんとに買い食いしてるだけだからです。まずこのふたりがどういう子たちなのかがよくわからないです、いや、よくわからないとは良く言いすぎました、まったくわかりません。ただ買い食いしてるシーンだけが描かれています。
 食べておいしいって言ってるだけなので内容とかそんなものはまったくないです。絵はかわいいので、女の子が食べるシーンを見て興奮するひとには向いてると思います。
 ぼくは美少女日常系とかのあまりハードじゃない漫画って大好きですが、正直ここまでのレベルのものになるとついていけないということを今回学びました。日常系というとなんてことない日常(オチがゆるい)を描写するものですが、この漫画は日常のさらにごくごく一部、つまり女子高生たちが放課後買い食いするというシーンのみを集めてあります。
 ただし、こういう表現になった意図は理解することができます。メインの女の子のふたりは通ってる学校が違います。買い食い仲間という感じで、そこだけのその場だけの関係なんです。そこだけの関係だからこそいつも笑顔でいられるわけです。深い仲じゃないからこそ言いたいことを言って、逆に言いたくないことは言わなくてもいいわけです。うわべだけでなんとなくつながっていることが一番大事。相手に踏み込み過ぎない分、穏やかな友情が生まれ、維持されるというわけです。
 これを読者側にも発展させてやると、読者も彼女たちの買い食いシーンにのみ付き合うことになります。他のシーンで彼女たちの生活とか親子関係とか交友関係とか悩みとか進路とか本当の性格とかに触れることがなく、読者自身も彼女たちとうわべだけの関係性を要求されます。普通、漫画や小説では読者は登場人物のいろいろな部分をこっそり見るものです。たとえばあるキャラクターが他のキャラクターに見られてないと思って動いているときでも、それを読者は見ているという関係性がありますよね。キャラクターに比べ読者側が情報という意味において圧倒的に有利なんです。しかしこの漫画にはそういったことはありません。彼女たちに関する情報という点において、読者は彼女たち自身より有利な立場にないわけです。
 この作品を読んでると描写がものすごく薄っぺらだなあと感じるわけですが、放課後買い食いするときにだけ会う友達との軽く、都合がよく、居心地のいい友情を描いた作品としてみるなら、これはかなり完成度が高いのかもしれません。「お前誰だよ」と読んでて思うわけですが、でも読んでるとだんだんべつにわからなくてもいいかなくらいには思えるようになるわけです。断片的な情報しか与えられてないのは彼女たち自身もそうなのです。
 完全に心を許したわけでもないし、相手を理解したわけでもないけれど、仲良くしていられる関係性。人間対人間のコミュニケーションになるとぼくらはいろいろ悩みます。でもこの漫画にはそういったことがないです。というのもおそらくお互いが共犯関係になっているからです。お互いがお互いを完全な人間らしく扱っていないというか、むしろほとんどbotのようなものとして捉えているかもしれません。そしてお互いが相手をbotのようなものだと捉えているということ自体についてもお互いが知っているという共犯関係があります。そしてふたりはすべてわかった上で笑っています。
 コミュニケーション過剰の時代において面白いテーマを扱っている作品かもしれません。
 ただまあ話が面白いかといったら、面白くはないんですよねw なので評価に迷いますな(´・ω・`)