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フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

ぼくは日本共産党に入れる。あるいははてなの脱はてな化という呪い――はてなの過去・現在・未来

ネタ

 最近はてな見ててすごいイライラします。互助会、互助会批判、プロブロガー、プロブロガー批判、ああもううんざりだ。でもぼくが一番うんざりしたのは下の記事についたブクマ数とそのブコメ


b.hatena.ne.jp





 なんでこんなのが3500以上もブクマされてるんだろう。批判されてめっちゃ炎上してるのかと思ったらそうでもないし。





 まあそれはいいや。とにかくぼくは最近はてな見ててイライラすることが増えました。で、ぼくはどうも極端な思考をする傾向があるので、はてなの過去を振り返り、現在どうなっているかを把握し、今後どうなっていくか冷静に霊視してみようではないかと思ったのです。考えていくうちにイライラもおさまってくるのではないかと。シメイビールの青を飲みながら書いていきます。



1

 はてなはてなとして始まったとき、それはまだはてなですらありませんでした。それには名がなく、名指しできる明確な対象もなく、ただ茫洋とした視界のなかですべてが始まったのです。
 やがて霧が晴れ、そこにはある大地が広がっていました。見渡す限りの草原、高温多湿のジャングル、険しい岩場、大迫力の滝、よどみなく流れる大河などが原始の世界を彩っていました。猛禽が飛び回り、肉食獣がシマウマを追い回す、そんな世界に彼らはいたのです。
 野蛮人たちはまだそこがはてなだという認識すらありませんでしたが、ただ彼らは気付いたときにはそこにいてそこで暮らしていました。明日のことなど考えず、獲物を獲っては食い散らかすのです。彼らの武器といえば己の鍛え上げた肉体と尖った石くらいでしたが、強靭な彼らにはそれで十分だったのです。彼らはまだ言葉を持っていませんでしたが、精霊と意思疎通ができました。野蛮人は自然の中で生きていたからです。獣たちとの戦いの中で食われていった野蛮人もいましたが、それでも彼らが絶滅することはありませんでした。生存闘争を生き抜いて、野蛮人たちはたしかにその大地に一定の居場所を得たのです。
 しかし雲行きが怪しくなってきます。彼らはやがて人間の肉の味を覚えたのです。彼らには悪意というものがありませんでした。悪意を表現できるほど高度な存在ではなかったからです。彼らは〈悪意なき悪〉でした。その大地は血と暴力の国へと変わっていきます。

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)




 野蛮人たちは殺しあいました。ただ殺して食うことだけが彼らの存在理由でしたから、無表情で、敵対感情もなく、淡々と殺しては食いました。獣よりも人間を食ったほうが自分が高められている気がしました。彼らは人間の肉の味を忘れることができません。野蛮人たちの殺し合いはいっそう過酷なものになり、このままでは種の存続が危ぶまれてきました。そこに登場したのが《笑う犬》です。



2

笑う犬》は野蛮人たちを見て笑いました。
 ――きみたちはとても気持ち悪くて野蛮で頭が悪いね。
 野蛮人たちには最初《笑う犬》の言っている意味がわかりませんでした。
 ――ぼくは観察者。きみたちをウォッチする犬だよ。気にしないでバカをやりなさい。ぼくが気持ち悪いきみたちを笑ってあげるから。
 顔を見合わせる野蛮人たちはそのとき初めて他人を食用肉としてではなく、価値ある存在として、自分と対等な存在として認めたかのようで、お互いにこれはどういうことなんだと尋ねだします。もちろんまだ彼らには言語というものがなかったのですが、そのとき起きたことはまさに奇跡でした。
 ――なんだい、きみたち。〈ことば〉を持っていないんだね。どれどれ、ぼくが与えてあげよう。
 《笑う犬》がそう言って杖代わりに持っていた人骨を掲げると、光が溢れ出し、その光線が野蛮人たちの額へと注がれるのでした。
 ――おお、おお!
 ――なんだこの感覚!
 ――わかるぞ! 〈ことば〉が!
 ことばを学習した野蛮人たちは《笑う犬》にひれ伏し、神のように、というよりも神そのものとして崇めました。教祖となった《笑う犬》はまず村を作ろうと提案しました。
 ――それはいい! さすが《笑う犬》だ! 《笑う犬》に敬礼!
 野蛮人たちは《笑う犬》の指示通りに動き、ある領土を決め、そこを自分たちの陣地としました。これがいまに続く《はてな村》のはじまりです。
はてな村》は野蛮人たちの共同生活の場です。それまで個人としてしか生きていなかった彼らが、はじめてまとまった集団として生きることになります。土を耕し、家を建て、牧畜、漁労と、彼らの生活は徐々に豊かに、安定したものになっていきました。
 また《はてな村》では《笑う犬》の指導のもと、手斧が作られていきました。野蛮人同士の戦闘になったとき手斧はたいへん心強い武器でした。それまで野蛮人同士の戦いでは肉弾戦がほとんどでしたが、手斧の普及によってすこし離れたところから反撃を受けずに相手を殺すという戦術が取られるようになりました。彼らは笑いながらひとを殺すようになりました。また《笑う犬》は野蛮人たちに集団戦のやり方も教えたのです。
 ――数の差で一気に押し切ることが大事。真理よりも印象操作が大事。
 ――さすが《笑う犬》だ! 勉強になる!
笑う犬》の戦術によって《はてな村》はどんどん勢力を拡大していきました。その大地はてなにはまだ《はてな村》以外の部分がたくさんありました。しかし《笑う犬》とその手下の猛攻によってはてなの天下を取ろうというところまできたのです。
 しかしあれだけ賢い《笑う犬》もひとつだけミスを犯していました。それは彼らに〈ことば〉を与えてしまったことです。〈ことば〉を使ってみずからの頭で考えるようになった野蛮人はやがて《はてな村》から離反していきます。



3

 左翼、フェミニスト、オタク、メンヘラ等さまざまな宗教が入り乱れての戦争の時代がやってきました。はてなは揺れに揺れ、《はてな村》もまたその影響を受けていました。他人をあざ笑い、自分がより賢い存在だというアピールを欠かさない《はてな村》の住人ですが、そのメッキが剥がれていきます。《笑う犬》は観察者として登場しましたが、《笑う犬》自身もまた観察の対象になりうるということなのです。もちろん《はてな村》の教祖は《笑う犬》ですから、信者たちは《笑う犬》の価値が汚されることを許しません。ですが彼らの心の中に少しずつある疑念が、まだ何とは言えないけれど、なんだかもやっとした引っかかりみたいなものが生まれるようになりました。もちろんそんなものを持たない狂信者もいましたけど。
 はじめ、《笑う犬》に「気持ち悪い」と言われていた野蛮人たちも《はてな村》の住人になることで、まあまあ気持ち悪いけれどそこまで気持ち悪くはない存在になっていました。彼らはいつしか精霊の姿を見れなくなっていました。〈悪意なき悪〉であった彼らはいまは〈悪意ある悪〉になり、それは純粋な悪ではなく、悪意という不純物がある分だけ力を失った悪でした。彼らは文明化と同時に知的な存在として洗練され、悪意を手に入れました。紳士的な悪と言ってもいいでしょう。彼らは他人をバカにするという悪意によって動いていましたが、自分たちがどう見られるかには敏感だったので、紳士然としていました。しかしこれが宗教戦争の引き金になるのです。紳士同士の戦いです。
 紳士はみずから手を下すことを望みません。各宗教の教祖たちは信者たちにけしかけます。
 ――あそこに異教徒がいる!
 すると信者たちが異教徒に襲いかかりました。戦争に勝利すると教祖は敵の大量のしかばねを見てにっこり笑ったのでした。今日も紅茶がうまい!
 しかし戦争に最終的な終わりなどありませんでした。各陣営とも疲弊するばかりです。それぞれの教祖もまた戦闘のたびに自分のメッキが剥がれていくことを自覚しないではいられませんでした。
 ――ぼくの役目もそろそろ終わりかなあ。
 あの《笑う犬》はついにそうつぶやきました。そういう時代のなか、はてなに大きな異変が起こります。それはシステムの根底からの変革でした。



4

 目を開けた《はてな村》の住人たちは驚いて尻餅をついてしまいました。見たこともない直方体の物体がそこに林立していたからです。はてなの天変地異により都市化が一瞬のうちに進み、あのはてなの大地は変わってしまいました。それはあまりにも劇的な変化でした。野蛮人たちの〈個〉の時代、それから《はてな村》という〈集落〉の時代、そして宗教という諸〈集落〉同士の対立、ここまではまだ原始のはてなと地続きでした。急峻な岩場も激しい滝も、木々も、どこか見たことがある景色だったからです。しかしいまはもう違います。まったく未知の世界です。
 ――うぇーい、うぇうぇうぇーい、うぇーいwww
 ーー!!!!?
はてな村》の住人たちは都会人のことばがわかりませんでした。それに、気持ち悪い野蛮人であった彼らとはまったく見た目からして違うのです! 洗練された都会的な身のこなし、穏やかな口調、柔和な笑顔、どれを取っても《はてな村》の住人とはまったく違いました。都会人たちは海の向こうから大きな豪華客船でやってきたのです! あっという間にビルが立ち並び、資本主義が導入されます。商人たちが甘いことばをささやき、恋人たちが語らいます。
はてな村》の住人たちは都会人たちに手斧を向けて脅しました。おれたちの村から出て行け!
 しかし都会人たちは言うことをききません。
 ――うぇーいwww
はてな村》は都会人たちと戦争をしようと思いました。しかしそこにはすでに《笑う犬》はいませんでした。老いたため引退したのです。指導者を欠いた《はてな村》は次期指導者を決めるために混沌とした状況になっていきました。古参のご意見番を名乗る詐欺師が現れたりします。そういったごたごたのなかで《はてな村》ははてなの隅へ隅へと追いやられていきました。これからどうなるのでしょう?



5

 かつてはてなの覇権を手にした《はてな村》ですが、もうあの雄々しかった姿はありません。そこは無法者たちのスラムと化していました。住所もなく、彼らの存在は地図から抹消されていました。しかし彼らも野蛮人に戻ることはできません。すでに〈ことば〉を手にしてしまっているからです。野蛮人ならば都会人たちを食ってしまったでしょう。しかしいまの《はてな村》住民にはそれができないのです。彼らは他人の姿を見て笑うことしかできません。しかし都会人たちは商人なのであって、あえて笑われることをやっているのですから、彼らを嘲笑ったところでむなしいだけなのです!
 電気も通っていない《はてな村》では夜、星がよく見えます。



6 まだ誰も知らないはてなの話

 都会人たちはお金の勘定が上手だったのでよりお金になる方向にはてなは進みます。〈悪意ある悪〉だった《はてな村》の住人は駆逐され、〈作為ある悪〉の都会人たちがはてなを占拠します。
 作為によってすべてが覆い隠される時代です。すべては綺麗な外観をまとい、あなたを誘惑してきます。すべてのブロガーは目次や小見出しや強調や画像を巧みに使ってあなたを誘惑します。文章は簡潔で難しいことばもなく読みやすいし、言われてみれば当たり前だけどちょっとためになる当たり障りのないことばかりが書かれています。あなたの気分を害するネガティブな文章はもうどこにもありません!
 そこで都会人たちは気付きます。これ、自動化できねえか? と。
《幸福のBot》が誕生します。《幸福のBot》は毎日幸福の文章を自動生成します。《幸福のBot》は学習機能を持っています。はてブの付きやすかった記事、付きにくかった記事を分析して、どんどん進化していきます。《幸福のBot》が幸福にする人の数はどんどん増えていきます! 参考になりました! 面白かったです! いいね! 世界中の人間がどんどんハッピーになっていきます。はてなの《幸福のBot》は世界中から必要とされていて、毎日狂信者たちが取り付いて更新を待っています。
 あるとき《幸福のBot》はバグって人類の終焉を予言してしまいました。なぜバグってしまったのかはわかりません。しかしその投稿を見た都会人たちは「こいつは悪だ!」と言いました。しかし《幸福のBot》はたかがBot、そこに悪意は含まれていません。そこで《幸福のBot》は〈悪意なき悪〉とされてしまったのです。かつての野蛮人と同等の存在と扱われるようになってしまいました。
 それからはてながどうなったかって? それはまた次回のお楽しみ。




って、なにを書いてるんだ

 うーん、なんか違うなあ。