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フィギュアレビュー、本・漫画の感想など

今日買った本――モーリス・メルロー=ポンティ、アントナン・アルトー、古井由吉、津島佑子

 そもそも超絶どうでもいいこのブログにおいてもっともどうでもいい更新。つまり買った本の報告でーす( ´ ▽ ` )ノ





 買うつもりじゃなかったんですが、本屋ぶらぶらしてたらアントナン・アルトーの見つけて、「あ、買わなきゃ」と思い、じゃあこれもってことで5冊買いました。

モーリス・メルロ=ポンティ『知覚の哲学: ラジオ講演1948年』

知覚の哲学: ラジオ講演1948年 (ちくま学芸文庫)

知覚の哲学: ラジオ講演1948年 (ちくま学芸文庫)

『行動の構造』と『知覚の現象学』によって、フランス哲学界に確乎たる地位を占めたメルロ=ポンティは、自らの哲学を語るラジオ講演(1948年10‐11月)を行なった。時代が大きく動くなか、それまでの価値観は新しい世界観へと変貌する。メルロは、文学・美学・科学・心理学・哲学史などをも考察の対象とし、哲学の志向性は意識から身体へと大きく転身して「存在論的転回」を遂げたことを宣言する。本書はその記録であり、メルロ哲学の核心をメルロ自身が縦横に語った刺激的な書。訳書による丁寧な解説は、メルロ哲学後期の主著『見えるものと見えないもの』読解への道筋を与える。本邦初訳。

 

『知覚の現象学』は11月に読む予定でいます。この文庫本は読むかわかんないですけど、とりあえず買っておきました。



アントナン・アルトーヘリオガバルス: あるいは戴冠せるアナーキスト

ヘリオガバルス: あるいは戴冠せるアナーキスト (河出文庫)

ヘリオガバルス: あるいは戴冠せるアナーキスト (河出文庫)

未来を震撼させる巨星アルトーのテクスト群に「比類なき仕方で君臨する」(ドゥルーズ)名著『ヘリオガバルス』を第一人者が新訳。十四歳で即位して十八歳で惨殺されたローマ少年皇帝の運命に究極のアナーキーを見出し、血塗られた歴史の深部に非有機的生命=「器官なき身体」の輝きを開示する稀代の奇書にして傑作が新たな訳文によってよみがえる。

 

 まあドゥルーズ関連で。



古井由吉『白暗淵』

白暗淵 (講談社文芸文庫)

白暗淵 (講談社文芸文庫)

「七十の坂にかかる道すがらの作品群になる。あれもなかなか越すに苦しい坂だった」(著者から読者へ)。爆風に曝された大空襲から高度成長を経て現代へ――個の記憶が、見も知らぬ他者たちをおのずと招き寄せ、白き「暗淵」より重層的な物語空間が立ちあがる。現代文学を最先端で牽引しつづける著者が、直面した作家的危機を越えて到達した連作短篇集。

 

 講談社文芸文庫古井由吉文庫になりつつありますね。



津島佑子『あまりに野蛮な』

あまりに野蛮な 上 (講談社文芸文庫)

あまりに野蛮な 上 (講談社文芸文庫)

あまりに野蛮な 下 (講談社文芸文庫)

あまりに野蛮な 下 (講談社文芸文庫)

台湾に暮らした日本女性の愛の日記。七十余年の時を経て甦る二人の女性の人生。思わず海を振り返り、つぶやく―海に戻りたい。わたしは死なない。わたしは生きつづける。母のように父のように。津島佑子渾身の純文学長篇小説、初文庫化。

長い時間が経っても、たどりつけない悲しみ。やがて物語は、深く静かに感動の海にすいこまれてゆく。わたしたちは、それぞれに示されている道を辿り「人類の至るべき所」に向かう―わたしたちの時間は、死によってしか閉じられない。感動の第一級文学作品、ついに文庫化。

 

 2016年2月18日に亡くなってからいくつか本出てるみたいですね。



反省

 いつも行ってる本屋にナボコフの『見てごらん道化師(ハーレクイン)を!』が置いてあったはずなのでそれも買いたかったんですが、すでに売れちゃってました。やっぱり買えるときにさっさと買っておかないとだめなんだなあ。Amazonのカートに入れておくと何年も寝かせることになって、気づいたら絶版というパターンがよくありますw

見てごらん道化師(ハーレクイン)を!

見てごらん道化師(ハーレクイン)を!

自らの伝記的事実と作品をパロディー化し、物語のそこここに多様なモチーフ(サーカス、コンメディア・デッラルテ、気象、右と左…)を潜ませる―。ナボコフが仕組んだ「間違いさがし」を解き明かす訳注付き。

 

 ナボコフは原書で読もうと思って買ってあるんですが、ぼくの英語力じゃあ、ねえ……w そろそろ日本語の本読むのやめたいですな。ナボコフレベルの洋書をすらすら読める大人になりたいにゃあ( ´ ▽ ` )ノ