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アントナン・アルトー『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』

ヘリオガバルス: あるいは戴冠せるアナーキスト (河出文庫)

ヘリオガバルス: あるいは戴冠せるアナーキスト (河出文庫)

 アントナン・アルトーヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』の感想です。

未来を震撼させる巨星アルトーのテクスト群に「比類なき仕方で君臨する」(ドゥルーズ)名著『ヘリオガバルス』を第一人者が新訳。十四歳で即位して十八歳で惨殺されたローマ少年皇帝の運命に究極のアナーキーを見出し、血塗られた歴史の深部に非有機的生命=「器官なき身体」の輝きを開示する稀代の奇書にして傑作が新たな訳文によってよみがえる。

 



 ヘリオガバルスについてはウィキペディアにもありました↓


ヘリオガバルス - Wikipedia





 この本は3章構成になっています。今日の午前中1章読んで、文章は読みにくいし、書いてあることもだからなんだという感じで、「よくわからんなあ。何が言いたいのか……」となっていたのですが、でも重要著作だから読まなきゃなと思って夕食後2章以降読んだら結構面白かったです。これは魔術ですね。訳者は占星術カバラなどが嫌いなようです(ぼくも占星術は興味ないですが、神秘主義的なものは擁護したい気持ちもあります……)。

諸事物の深い統一の感覚をもつこと、それはアナーキーの感覚をもつことである――そして諸事物を統一へと連れ戻すことによってそれらを還元するためになされる努力の感覚をもつことである。統一の感覚をもつ者は、諸事物の多様性の感覚を、諸事物を還元しそれらを破壊するために通らねばならない諸様相のあの塵の感覚をもっている。
(p.69)

 そしてキリスト教徒たるわれわれは同じことをしていないだろうか。われわれもまた、われわれのひと形、われわれのトーテム、われわれの神の切れ端をもってはいないのか、それらはそれらを崇める個人たちの頭と心のなかで、形あるものとして固定され、多くの神々となって分離されるにいたるだろう。
 命名された事物は死んだ事物である、しかもそれは分離されているが故に死んでいる。荊の冠や、十字架の木や、ここそこで崇められているイエスの心臓や、「血」と「聖香油」や、多種多様な聖母、聖母には、黒や、白や、黄色や、あるいは赤いのがあって、別個の多くの崇拝に対応しているのだが、これらのものに対するあまりに多くの信仰は、それに身を委ねている個人にとって、異教の神々の神秘における創造的エネルギーの変質と同様の精神の危機、取り返しのつかない偶像崇拝へ堕する同じ脅威を表しているのだ。
(p.86)

 ヘリオガバルスの全生涯とは、現働化するアナーキーである、というのも、「一者」と「二者」という敵対する両極、男と女を寄せ集める統一の神であるエルガバルスは、矛盾の終わり、戦争とアナーキーの消去であるが、同じく、この矛盾と無秩序の大地の上では、アナーキーを作動させるものでもあるからだ。そしてヘリオガバルスがおし進める地点におけるアナーキーとは、現実化された詩なのである。
 どんな詩のなかにも本質的な矛盾がある。詩とは、粉砕されてめらめらと炎をあげる多様性である。そして秩序を回復させる詩は、まず無秩序を、燃えさかる局面をもつ無秩序を蘇らせる。それはこれらの局面を互いに衝突させ、それを唯一の地点に連れ戻す。
(p.157)

 



 15世紀の神学者ニコラウス・クザーヌスというひとがいますが、アルトーは読んでいたんだろうかとちょっと気になりました。まああと基本的にカバラっぽいと感じました。2章はわかりやすく解説してくれているし、3章は普通にお話として読めるので、1章でつまんないなあと思ったひとも最後まで読んでみてください。
☆☆☆