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アマルティア・セン『貧困と飢饉』

貧困と飢饉 (岩波現代文庫)

貧困と飢饉 (岩波現代文庫)

 アマルティア・セン『貧困と飢饉』の感想です。

20世紀に世界各地で発生した「大飢饉」の原因は、一国レベルの食料総供給量の不足であるという通説を否定し、人々が十分な食料を手に入れる権原(能力と資格)が損なわれた結果であるということを実証的に解明。開発経済学に新たな地平を切り開き、後の「不平等理論」にも影響を与えた画期的な書。1998年ノーベル経済学賞受賞。

 



 それまでの常識であったFAD(Food Availability Decline)アプローチを批判して、権原アプローチを唱えたもの。というのも、全体の食料供給量は減っていないにもかかわらず飢饉が起きるなどという事例があったためで、そこには単純な食料供給量だけではとらえられない集団ごとの事情があると。

ある人が食料――さらにはその人が手に入れ、もしくは保持したいと望むいかなる財――を自分の自由にする能力は、その社会において所有と使用のルールを定めている権原関係に依存している。その能力は、自分の所有するものは何か、その人にいかなる交換可能性が開かれているか、無償でその人に与えられるものは何か、そしてその人から取り上げられるものは何かに依存している。
(p.250)

ある人が十分な食料を手に入れて飢餓を避ける能力を持つかどうかを左右するのは、権原関係全体なのであり、食料供給はその人の権原関係に影響を与える多くの要因の中の一つにすぎない。
(p.251)

 



 5章までが理論的な話で、6-9章が事例研究で、10章がまとめです。講演「飢餓撲滅のための公共行動」もおまけで付いてます。
 事例研究の方は、ぼくがそういうデータに詳しくないということもあり、センの言ってることが正しいのかどうか判断できませんでした。ということで、話半分で読んでたんですが、訳者解説によるとやっぱりいろいろ修正すべき問題点もあったようですね。




 貧困者比率の見た目の数値が変わらないか下がってもその数値だけではいまにも飢餓に陥りそうな極貧層の増減がわからず、むしろ危機的状況にあるひとが増えている可能性すらあるという視点はなるほどなと思いました。貧困者比率は貧困ライン以下のひとがどれだけの割合でいるかを示しているだけで、貧困ラインからどの程度離れたところにいるかを考慮してないんですね。貧困ラインよりちょっとだけ下のひともいれば、遥かに下のひともいて、「貧困層」などとひとくくりで語るのにはあまりにも貧困層のなかでの差が大きいわけです。

原因を探るための範疇として、「貧困層」はあまり役立つ範疇ではない。なぜなら同じ貧困という苦境を分かち合っているそれぞれ異なる集団は、全く異なった過程を経てそこにたどり着いているからである。通常は等しく貧しい集団の間でさえ、飢饉の状況に対処した結果は、異なる職業集団ごとに大いに異なっている。
(p.253)

困窮の程度によって貧困層内部を区別する必要がある。貧困者比率においては、飢えつつある衰弱した人々は、かろうじて貧困層に入る人々よりもウエイトを重くして数えられることはない。そして貧困者比率が変わらないか減少を記録するにもかかわらず、明らかに貧困の度合いが増すような例を作ることは容易である。
(p.254)

 



 解説にもありますが、ぼくも「購買力がないから飢える」という常識的なことを言っているようにも見えました。でも権原は「単なる実質所得や購買力だけではなく、雇用制度や社会保障、相互扶助のあり方など、より広範な内容を含んだ概念」(p.318)であり、それまでの食料総供給量重視の飢饉政策の誤りを指摘していることから、新しさ、重要性はあっただろうという評価になるらしいです。だからなんだって感じは多少するんですが、事例研究の部分なんかは読み物として面白かったのでよしとしましょう。
 一般論としてですが、わかりやすい説明(この本でいうならFADアプローチ)に飛びつきたくなるとき、いや待てよ、もっと精密に分析してみたらどうなのだろう? とちょっと立ち止まってみるのは大事だなと思います。単純な数値で見えなくなってしまうものも多いんですよね。
 目次

 訳者まえがき
 まえがき
第一章 貧困と権原
  1 権原と所有
  2 交換権原
  3 生産様式
  4 社会保障と雇用権原
  5 食料供給と飢餓
第二章 貧困の概念
  1 貧困の概念に必要なもの
  2 生物学的アプローチ
  3 不平等アプローチ
  4 相対的剥奪
  5 価値判断?
  6 政策上の定義?
  7 基準と集計
  8 結語
第三章 貧困――特定と集計
  1 財と特性
  2 直接法か所得法か
  3 家族規模と同等成人
  4 貧困ギャップと相対的剥奪
  5 標準的指標の批判
  6 貧困指標の公準的導出とその変形
第四章 飢餓と飢饉
  1 飢饉
  2 期間のとり方による違い
  3 集団ごとの違い
第五章 権原アプローチ
  1 賦存量と交換
  2 飢餓と権原の失敗
  3 権原アプローチの限界
  4 直接的権原の失敗と交易権原の失敗
第六章 ベンガル飢饉
  1 概略
  2 食料供給の危機か?
  3 交換権原
  4 困窮化の階層的基盤
  5 交換権原の極端な変化の原因
  6 政策の失敗における理論の役割
第七章 エチオピア飢饉
  1 一九七二〜七四年の飢饉
  2 食料供給量
  3 ウォロー――輸送の制約か、権原の制約か?
  4 生活困窮者たちの経済的背景
  5 農民の貧窮と権原
  6 牧畜権原と遊牧民
  7 結語
第八章 サヘル地域の旱魃飢饉
  1 サヘル地域、旱魃、そして飢饉
  2 FAD 対 権原
  3 困窮と権原
  4 政策上の諸問題
第九章 バングラデシュ飢饉
  1 洪水と飢饉
  2 食料輸入と政府備蓄
  3 食料総供給量の減少?
  4 被災者の職業分布と困窮化の度合い
  5 労働力の交換権原
  6 焦点に関する疑問
第一〇章 権原と剥奪
  1 食料と権原
  2 貧困層――正当な範疇?
  3 世界の食料供給と飢餓
  4 市場と食料の移動
  5 権原の失敗としての飢饉
講演 飢餓撲滅のための公共行動
 訳者解説
 参考文献
 事項索引
 人名索引

☆☆☆