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ヨッヘン・フォン・ラング編『アイヒマン調書 ホロコーストを可能にした男』

アイヒマン調書――ホロコーストを可能にした男 (岩波現代文庫)

アイヒマン調書――ホロコーストを可能にした男 (岩波現代文庫)

 ヨッヘン・フォン・ラング編『アイヒマン調書 ホロコーストを可能にした男』の感想です。

ナチスによるユダヤ人殺戮のキーマン、親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン。1960年に拘束後、8ヶ月、275時間にわたる尋問が行われた。自らの父親も殺戮の犠牲者である尋問官との、迫真の駆け引きから浮かび上がるアイヒマンの人間像とは。歴史の事実と将来のあらゆる可能性を直視し、「悪の凡庸さ」を超えて、人間存在の理解を深める必須史料。(解説=芝健介)

 



 アイヒマンイスラエル警察のアヴネール・レス大尉とのやりとりをまとめたもの。あとがきはレス大尉が書いたもの。まえがきはこの本を編纂したヨッヘン・フォン・ラングが書いたもの。
 大量の固有名詞が出てきてとてもぼくには理解しきれないですが、話の流れを追いかけることはできました。アイヒマンは最後まで自分は上層部の命令を忠実に実行しただけの小さな歯車にすぎず、抹殺などは管轄外であり、自分は移送しただけだという主張をしていました。どうもそれらも嘘みたいだったようですが。あとがきを読むと尋問の際のアイヒマンの様子、手が震えていたなどという記述もあり、ああそういう感じだったのかとすこし納得しました。
 調書の内容だけ読むとどこまでが嘘なのかよくわかんないんですよね。とくにぼくみたいなメンヘラには嘘を見破るのは難しく……。アイヒマン以外の証言が出てきて、アイヒマンはそれを嘘だ、自分に責任を押し付けているみたいなことをいうんですが、たしかにそれもそうなのかもしれないし、かといってアイヒマンがどこまで本当のことあるいは嘘を言っているのかもわからないし、とにかくわからないことだらけで混乱します。
 終始一貫してアイヒマンが責任逃れしようとしているのは感じました。自分のやったことには責任を取るけれども、自分がやってないことまでは責任は取れないなどと言い、自分はひとりも殺してない、移送しただけだと主張します。
 死刑になることはわかっているし、真実を明らかにしたいという紳士的で協力的な態度でいるようですが、あとがきにあるように一度だけ自分の最期がきたと勘違いしてパニックを起こしたこともあったようです。

それはアイヒマンが、自分の最期がきたと勝手に思い込んだときであった。守衛が尋問室へ呼ばれ、彼を部屋の外へ連れ出した。それからアイヒマンは裁判官のもとへ連れて行かれた。彼は恐怖におののいて棒立ちとなり、看守の一人と目が合ったときには、ついに膝を屈してへたり込んでしまった。彼は私に嘆願するようにして叫んだ。「大尉殿、私はまだすべてをお話ししたわけではありません!」私は宥めた。「あなたは調停裁判官の前にいるだけです、裁判官が拘留期間の延長をします、そうすれば尋問を続けられますよ。」この言葉でアイヒマンは再び姿勢を正すことができ、しっかりした足取りで二人の看守のあいだを通って部屋から出ることができた。
(p.385、「あとがき」より)

 




 アイヒマンというとハンナ・アーレントの『イェルサレムアイヒマン』が有名ですね。そちらは大学の講義でかじったんですが、ちゃんと読んではいなかったので機会があれば読んでみようかな。新版が今月出るみたいです。今回読んだ岩波現代文庫も先日というかおととい出たばかりなんですが、立て続けに関連書籍が出るのはなにか意図が??




 本書の解説にはこんな記述もあります。

アーレントが『イェルサレムアイヒマン』で提起した、人間の最も人間的な、考える力、善悪識別能力を喪失したという意味でのアイヒマンにおける「悪の陳腐さ」概念は、その後世界的な大論争を惹起したが、アーレント自身当時は参照できず、最近ようやく多くの研究者によって用いられるようになったザッセン関係文書(身柄を拘束される以前、アルゼンチンの潜伏先でアイヒマンが本音を明らさまに語ったもの等)において、アウシュヴィッツ絶滅収容所で最多最悪のガス殺犠牲者を出すことになったハンガリーユダヤ人の一九四四年の強制移送を「歴史上未曽有の、自らの最大の業績」と誇り、自分は「きわめて用心深い官僚であると同時に自らの血(ドイツの血)の解放を求めたファナティックな(狂信的)戦士」と自己規定し、「私にとってドイツ民族に役立つことこそ神聖な命令であり神聖な法であることにかわりはない」と彼がその紛うかたなき信条を吐露開陳しているのを読むにつけても、尋問聴取収録の本書ではアイヒマンは慎重に事実を曲げ複雑な嘘を各所でついているといわざるをえない。
(p.432)

 



 もうぼくにはよくわからんですよ。アイヒマンは反ユダヤではないと自分で言ってます。

この際、自己弁護のために言わせて下さい。私はユダヤ人を憎んでいる者でも反ユダヤ主義者でもありません。
(p.190)

 



 あと、アイヒマンを知る人物たちは彼が酒飲みだと証言しているのに対して、アイヒマンは自分は酒なんて飲んでないなどと言ってみたり。荒々しい態度をとったことについての証言が出てくると、自分はそんな態度をとったことはないなどと反論したり。この本に書かれている取り調べの様子ではたしかに紳士的な態度ではあるようですが、それは文字にしたからそう見えるだけで、実際どうだったのかはよくわかりませんね。レスはアイヒマンがユーモアが完全に欠如した人間だと感じたようですが。




 ただ、逃亡先でもなんか普通に仕事して出世してるようなんですよね。妻子もいるし。世渡りはうまかったし、それなりに魅力的な人間だったんでしょう。ぼくみたいなクズとは違って(´・ω・`)




 とにかくこの調書読んだだけじゃよくわかりません。アイヒマンとそれを取り調べるレスとの様子はわかるんですが、それだけで真実が浮かび上がってくるわけじゃないです。取り調べの録音自体を聞かないと息づかいとか語調とか話す速さとかよくわからないし、でもたとえその録音すべてを聞いてもよくわからないということだけがわかるという気がします……。




 アイヒマンには教訓的なものを読み取る人が多いですね。多くの日本人も状況さえ整えばアイヒマンになりうる、などと。それはどうだかわかりませんが、まあたしかにこういう似たような日本人はよく見かけますなw ユーモア欠落症で生真面目で仕事ができて組織や権力に従順で他人に厳しく自分に甘い、そんな普通のひとたちが。
☆☆☆