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藤田阿登『江波くんは生きるのがつらい』2巻

 藤田阿登『江波くんは生きるのがつらい』の2巻までの感想です。

文学部に通う大学生男子・江波。私小説でのデビューを目論むも、理想の高さ故に小説を書くことができない江波だが、一癖ある文芸部サークルの面々や、様々な女の子たちとの出会いの中で、名作への一歩を踏み出しはじめる!???

 



 作品紹介に書いてある通りですが、文学部に通う若干痛いぼっちの文学青年江波(えなみ)くんは私小説を書こうと思ってます。私小説というのは伝統的に日本文学にある作者の実体験を書いた小説のことです。正直言って日本の文学のレベルが低いのは私小説の伝統があったせいだとぼくは思ってます。まあそれはこの作品とは関係ないのですが。
 江波くんの妄想力には共感できます。落とした消しゴムを拾おうとしたとき、他の女の子も拾おうとしてくれていて手が触れてしまいます。その瞬間、江波くんはその子と付き合って結婚して離婚するまでを瞬時に妄想してしまいます。あるあるですね!




 ぼっちとは言っても江波くんは案外他人とコミュニケーションしてるんですよね。女の子にもモテてる感じ。でも自分から遠ざけてる感じ。




 この漫画は江波くんの妄想力を楽しむのと、ちょっとリアルな女の子を楽しむものでもあります。メインヒロインと思われる清澄さん、彼女がかなりやばい人というか、リアルな腹黒女子というか、怖いですw 清澄さんにとって江波くんはおもちゃなんです。女こえええええええええええええええええええw




 
 女の子はみんなかわいいです(*´ω`*) 毒があるのはメインヒロインの清澄さんくらいなのでぼっち系のオタクにもそんなにダメージはありません。清澄さんのもむしろご褒美です。




 文学部描写ですが、ちょっとさすがに女子が多すぎじゃないでしょうか。ぼくも文学部卒ですが、男子も普通にいましたよ。




 江波くんの小説はちょっと恥ずかしいですね。でもビギナーならあるあるというか、まだ大学1年生ですし。
 ぼくは哲学やりに大学に入ったんですが、大学1年の教養課程のときにフォークナーの『八月の光』を読んで、自分も文学をやりたいと思うようになりました。小説はつまらないものと思っていたのですが、その頃のぼくにとってフォークナーはとても説得力があったのです。「これが文学か! すごいじゃん!」と。
 書きたいという気持ちはあっても、実際に書いてみると全然書けないことがわかります。どうしてもポエムになってしまいます。語彙も足りないし、文章はぎこちないし、何がいい文章なのかもわからないわけです。というわけでぼくはそれからだらだらと勉強してました。完結させた長編小説は3作品しかないまま気づいたら30代になっていました。おそろしい。しかも、やっと書けると自分でも確信したときにはもう小説というものがどうでもよくなってました。ぼくがやりたいのは詩や哲学や魔術(神秘思想)なんです。小説はそこから一段も二段も落ちるというか。




 江波くんのポエムを見る限りまだ余裕で引き返せると思います。全然闇が深くないので。勘違いしてるただの幼稚な人間が痛いポエムを書いているだけに留まっています。ここから本格的に勉強を始めて深い世界を知っていくと、中二病とからかえるようなものじゃなくなり、なんというか人間として終わります。教養人になるのはいいですが、人生はそれだけつまらなくなるかも。孤高を気取って賢者になるよりも、普通に恋愛して楽しく生きていったほうがいいんじゃないかな、とぼくは今になって思いますよ。まあ自己責任でどうぞという感じですが。どうしてもいずれ社会と折り合わなくちゃいけなくなるので、結局逃げてるだけじゃだめなんですよ。
 というか、どう見ても清澄さんの方が文学者向きなんですよね(そこも皮肉っぽいw)。メタな視点を持っているし、観察力はあるし、屈折した感情を持っているし、美少女です。江波くんは幼稚な幻想、全能感にとりつかれたただのピエロですよ。かわいそうに。でもそれがまたぼっちあるあるというか。悲しくて情けなくて笑えます。江波くんを見ていると「お前は俺か!」状態になるので、自分のそういうダメな部分をうまく受け入れられず、いまだに突っ張っているような人がこの漫画読んじゃうと自分が茶化されているようで腹が立つかもしれません。気持ちに余裕のない人はもうちょっと精神的に大人になってから読んだ方がいいかも。あの頃はバカだったなあと自分の過去を笑って語れるような人が読むととても面白いと思います。
☆☆☆